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お釈迦様の生涯HEADLINE

誕生

迦毘羅衛に王様の子供として誕生しました。
母の摩耶夫人が、出産のため実家(天臂城の善覚王)に戻る途中に藍毘尼園(ルムビニー)というところにさしかかった時に、無憂樹(アショーカ)の枝に右手をかけた途端に、右脇から出生したと伝えられています。
生まれて地上に立ったお釈迦様は、ただちに七歩歩まれて、右手は天上を、左手は地上を指差されて「天上天下唯我独尊」と唱えられました。
しかし母の摩耶夫人は生後一週間で死んでしまい、母の妹に育てられました。
四月八日は、お釈迦様の誕生日で、花祭りをして祝っています。


     

出家

成人したお釈迦様は、耶輪陀羅姫と結婚して、羅?羅という男の子が生まれました。王宮で幸せに生活している中で出家へのあこがれはつのっていきます。 迦毘羅城の東西南北の四つの門を順次出て、老・病・死と沙門(修行者、僧侶)を見て無常を感じたという「四門出遊」の伝説もそのひとつです。
そうして29歳のときに出家しました。



     

成道

35歳のとき、苦行の末に、尼連禅河で沐浴し、村娘スジャータの乳かゆの布施を受け、 ガヤー村の菩提樹の下で、 「今、証りを得られなければ生きてこの座をたたない」という固い決意で禅定に入った。
その後に大悟して成道しました。
12月8日に成道会をして、その当時を偲びます。


     

伝道

お釈迦様は成道後、菩提樹下の金剛座で悟りの内容を一人で味わい続けていました。 あるとき二人の商人が通りかかり、 蜜団子と麦菓子とを供養しましたが、容器がありませんでした。そこへ四天王が現れて、石鉢を献じました。(四天王奉鉢という)
しばらく一人悟りの境地を楽しんでいましたが、梵天が転法輪(完全な仏法の教えを説くこと)を勧め請い、遍く一切衆生を救わんことを乞いました。(梵天の勧請)
お釈迦様はその願いに応じて、菩提樹下を去り鹿野苑へ旅立ちました。


     

入滅

紀元前386年2月15日に、マッラ国のヒランニャバッティ河のほとりの沙羅林に横たわり、そこで入滅しました。